嗚呼 早慶戦
2010年秋の東京6大学リーグの優勝決定戦で、早稲田は慶応を下し優勝した。今年卒業する、斉藤投手の好投と、彼が崩れそうになったときに救援した大石投手の豪腕で慶応をねじ伏せた。
その前の早慶戦では早稲田は慶応に2連敗して勝ち点を奪われ全く同率となっていたので、優勝決定戦と言うことになったのだ。
早慶戦の歴史は古い、一高で正岡子規が日本の学生野球を始めた少し後に、慶応・次いで早稲田でも野球部が創設された。
第1回目の早慶戦は、三田の綱町グランドで、1903年開催されそうである。その時は慶応が勝った。慶応の綱町グランドというのはそれほど広くはい。
その後大学野球が、全盛となり、一高が覇者であったがやがて東京六大学リーグは早・慶・明・立・法が台頭し、一高の子孫東大はいつも6位を堅持している。東大が他の5大学のいずれかに一つでも勝とスポーツ紙のおおきなニュースになる。
東京六大学の卒業生の中には日本のプロ野球の名選手が数多く出ている。
早慶戦と言えば、早稲田の三原、慶応の水原が有名である。彼らは戦前からプレイしていたが戦後、日本のプロ野球を復興させるために、なくてはならない人々であった。
早慶戦ではリンゴ事件や、学徒出陣を控えた選手達の最後の早慶戦など多くの逸話が残されている。