嗚呼 早慶戦 7連戦
終盤、打ち込まれて危ういときに監督がマウンドへ行った。多分投手の交代を告げに行ったのであろうが、藤田は首を振って応じず最後まで投げ続けて勝利投手となった。
彼は巨人のエースとして活躍し、監督としても多くの栄冠を獲得しているのはこのような芯の強さがあったからだろう。
プロ野球の監督業は激務だったらしく、心臓障害を抱えながらから、発作の特効薬ニトログリセリンを持って監督を務めていたそうである。
その後も早慶戦にまつわる話はたくさんある。
もう50年も前になるが早慶が優勝を争って、7連戦を戦ったと言う伝説的な、早慶戦がある。
その時、結局は早稲田が栄冠を得た。安藤投手というアンダースローのエースが連投に耐え抜いて栄冠を勝ち取ったのである。
その間、早慶両校は自然休講で一週間が過ぎたそうである。
私はその後早稲田に入ったが、早稲田のリーグ戦の成績は一向にさえず、優勝からは遠ざかっていた。